こんにちは。放射線などについて分かりやすく解説している大地(だいち)です。
今日は、前回の続きとして、確定的影響に関して、
・放射線被ばくによる影響は、人体の各臓器や組織ごとにどのように違うの?
・放射線被ばくによる胎児への影響は?
こういった疑問に答えます。
○本記事の内容
- 放射線被ばくによる健康影響について(その2)
- 放射線に対する各臓器や組織の感受性
- 放射線被ばくによる胎児への影響
- しきい線量と健康影響との関係
- まとめ
この記事を書いている私は、2011年の福島第一原子力発電所の事故の後、除染や中間貯蔵施設の管理など、継続して放射線の分野での業務に従事してきました。
その間、働きながら大学院に通い(いわゆる社会人ドクター)、放射線の分野で博士号を取得しました
こういった私が、解説していきます。
放射線被ばくによる健康影響について(その2)
前回の記事では、放射線被ばくによる健康影響として、確定的影響と確率的影響があること、そして、確定的影響が起こるメカニズムやしきい値など、その影響の概要について解説しました。
本記事では更に、そのしきい値に関してより詳細に説明するとともに、確定的影響のうち、最後に残った胎児への影響について解説したいと思います。
放射線に対する各臓器や組織の感受性
放射線に対する感受性は、人体の各臓器や組織ごとに異なっています。
人体の全ての細胞は、その細胞の元となる幹細胞から分化して出来ますが、一般的に、幹細胞からの分化レベルが低く、依然として細胞分裂が盛んな細胞ほど、放射線への感受性が高い傾向にあります。
例えば、上の図に示すように、骨髄中にある造血系幹細胞は、盛んに分裂しながら、血中の赤血球や白血球などの血液細胞に分化しており、放射線への感受性が非常に高い細胞の一つです。
また、精巣や卵巣でも、盛んに生殖細胞が生み出され、粘膜や小腸絨毛のような消化器官の上皮でも、常に古い細胞が新しい細胞へと生まれ変わっており、これらの臓器でも非常に新陳代謝が盛んで、放射線による影響を受けやすい臓器です。
一方で、筋肉や神経組織のように、既に分化が終了し、それ以上の細胞分裂をしないような臓器や組織は、一般的に放射線への感受性が低いことが知られています。
しきい値の具体的な例を以下の表に示しました。
例えば、比較的短時間に、0.1Gy、つまり100mGy以上の放射線を被ばくした場合、精子数が一時的に減少する一時的不妊が起こることがあります。
また、0.5Gy、つまり500mGy以上の放射線を被ばくした場合、骨髄の造血能が低下し、血中の細胞数が減少したり、潜伏期間は20年以上と長いですが、白内障の影響が将来現れる可能性があります。
更に高い放射線量、例えば、約3Gy以上の放射線を被ばくすると、女性に対する永久不妊の影響が現れたり、約4Gy以上の放射線被ばくにより、皮膚における一時的脱毛が現れる可能性があります。
また、5〜10Gy以上という高い被ばくをした場合、皮膚の広い範囲で、熱傷などの影響が見られる可能性が高まります。
障害 | 潜伏期間 | しきい値(Gy) | |
---|---|---|---|
精巣 | 一時的不妊 | 3〜9週 | 約0.1 |
骨髄 | 造血能低下 | 3〜7日 | 約0.5 |
眼 | 白内障 | 20年以上 | 約0.5 |
卵巣 | 永久不妊 | 1週以内 | 約3 |
皮膚 | 一時的脱毛 | 2〜3週 | 約4 |
皮膚(広い範囲) | 皮膚熱傷 | 2〜3週 | 5〜10 |
放射線被ばくによる胎児への影響
ここまで説明してきた影響は、前回の記事でも解説しましたが、確定的影響のうち、急性障害や晩発障害と呼ばれる影響です。
では、そこで取り上げた3つの障害のうち、残った胎児性障害に関するしきい値はどのようになっているのでしょうか。
胎児は、成人の臓器や組織と比較すると、細胞分裂が盛んということもあり、放射線の影響を受けやすく、妊娠のごく初期に比較的多くの放射線を被ばくすると、上の図に示したように、流産が起こることもあります。
また、その後であっても、胎児の体が形成される時期に被ばくすると、器官形成異常が起こったり、精神発達遅滞が起こることもあります。
こうした胎児に関する確定的影響は、0.1Gy(100mGy)以上の放射線を短時間に被ばくした際に起こり得るとされています。
ちなみに、参考までに、この0.1Gy(100mGy)という吸収線量は、全身へのガンマ線による被ばくを仮定した場合、おおよそ、同じ値である0.1Sv(100mSv)に換算することができます。
吸収線量(単位:グレイ)から被ばく線量(単位:シーベルト)への換算については、こちらの記事をご覧ください。
しきい線量と健康影響との関係
ここまで見てきたように、放射線被ばくによる健康影響については、各臓器や組織への影響についても、胎児などへの影響についても、そのしきい線量は100mGyです。
しきい線量に関する議論については、国際的にも常に継続して行われていますので、今後見直されていく可能性はありますが、この100mGy(全身へのガンマ線による被ばくを仮定した場合、おおよそ100mSv)という値は、確定的影響が起こり得る目安となる値、と言えると思います。
ただ、既に述べたように、放射線に対する感受性は、臓器や組織ごとに異なりますので、特に確定的影響を考える場合には、各臓器ごとに詳細に見ていくのが良いかと思います。
また、前回の記事でも解説したように、しきい値を超える線量を被ばくしたからと言って、必ずしも確定的影響が現れるわけでもない、という点についても留意しましょう。
まとめ
今回は、確定的影響のうち、既に説明した急性障害や晩発障害に関連して、具体的なしきい値も示しながら、人体の各臓器や組織ごとの放射線への感受性の違いについて説明しました。
また、確定的影響のうち、残った胎児への影響についても説明しました。
最後に、今後見直される可能性はありますが、現在分かっている確定的影響のしきい値は0.1Gyであること、そして、しきい値を超える被ばくをすると、その影響が現れる確率や重篤度が増加しますが、しきい値を超える被ばくをしたからと言って、必ずしも影響が現れるわけではない、という説明をしました。
ちなみに、以上とほぼ同じ内容を動画にもまとめてみましたので、よろしければご覧ください。
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今回は以上となります。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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