(今後の課題とは)中間貯蔵施設について(その4)

除染、特定廃棄物の処理

こんにちは。放射線などについて分かりやすく解説している大地(だいち)です。

ここまで、中間貯蔵施設について、こちらの記事では中間貯蔵施設の全体像について解説し、また、こちらの記事では、中間貯蔵施設内にある受入・分別施設や土壌貯蔵施設について解説し、こちらの記事では、仮設焼却施設、仮設灰処理施設及び廃棄物貯蔵施設などについて解説しました。

今回は、締めくくりとして、除染事業などの進捗状況について一旦取りまとめ、そして、中間貯蔵施設を巡る今後の課題などについて解説した後、中間貯蔵施設について知っておいていただきたいことについて述べたいと思います。

つまり、今回は、

・除染事業などの進捗状況は?
・中間貯蔵施設を巡る今後の課題は?

こういった疑問に答えます。

○本記事の内容

  1.  (今後の課題とは)中間貯蔵施設について(その4)
  2. 除染事業などの進捗状況
  3. 中間貯蔵施設を巡る今後の課題
    • 施設の安全な管理
    • 住宅などの解体
    • 廃棄物の処理
    • 除去土壌の再生利用
  4. 中間貯蔵施設について知っておいていただきたいこと
  5. まとめ

この記事を書いている私は、2011年の福島第一原子力発電所の事故の後、除染や中間貯蔵施設の管理など、継続して放射線の分野での業務に従事してきました。

その間、働きながら大学院に通い(いわゆる社会人ドクター)、放射線の分野で博士号を取得しました。

こういった私が、解説していきます。

 (今後の課題とは)中間貯蔵施設について(その4)

震災の発生から12年以上が経過し、除染、輸送、中間貯蔵施設、特定廃棄物の処理などの事業にもだいぶ進展を見せてきました。

最初にその進捗を簡単に確認し、その中での中間貯蔵施設の現在地や将来の課題などを整理してみましょう。

除染事業などの進捗状況

ある程度まとまった地域をまとめて除染するような事業(「面的な除染」ということもあります。)については、2018年3月までに終了し(汚染状況重点調査地域:2017年3月、除染特別地域:2018年3月)(こちらの記事を参照)、福島県内における、中間貯蔵施設への大規模な輸送事業についても、2022年3月までに終了しています。

ただし、これは帰還困難区域(こちらの記事こちらの記事を参照)を除くエリアでの進捗であって、以前と比較すると、全体的にはその規模も大幅に縮小したとは言え、帰還困難区域の中では、現在は、特定復興再生拠点区域において、除染が引き続き行われており、中間貯蔵施設への輸送も続いています。

中間貯蔵施設を巡る今後の課題

それでは、中間貯蔵施設については、概ね特にやるべきことはなく、後は、過去と比較すると、小規模に除去土壌等を受け入れていくのでしょうか。

答えは「ノー」で、決してそんなことはなく、今後も様々な課題が山積しています。

以下に、幾つかの例を挙げてみました。

施設の安全な管理


まずは、中間貯蔵施設(中間貯蔵施設がある区域全体)の安全な管理です。

こちらの記事でも解説したように、中間貯蔵施設は約16km2の面積を持つ土地の中に、様々な施設が設置されており、また、以下にも述べるように、依然として、震災前からあった沢山の施設が残されています。

除去土壌等の処理、という観点からは、当面はこちらの記事でも解説した、土壌貯蔵施設が、除去土壌の最終処分までの間残されていきますので、それを安全に管理していくこと、そして残った工場などの施設についても、まずはその解体までの間、安全に管理していくことが必要になります。

住宅などの解体


先程も述べたように、中間貯蔵施設の区域内には、元々多くの方々が暮らしていた住宅や、工場などが残されています。

これまでは、福島県内から輸送されてくる除去土壌等をできるだけ早く処理するため、受入・分別施設や土壌貯蔵施設、そして関連する施設の整備が優先されてきました。

ただ、輸送量もピークだった2019年度、2020年度から徐々に減少し、関連する施設の整備もひと段落し、一部の受入・分別施設は解体されています。

これに伴い、より注力すべき課題が、区域全体の管理などにシフトし、これから、残った住宅や工場などの解体が加速していくものと思われます。

廃棄物の処理


これは、こちらの記事こちらの記事で解説したような、除染で発生した土や廃棄物や、中間貯蔵施設の区域外の特定廃棄物の処理のことではなくて、例えば、先ほどお話しした、中間貯蔵施設の区域内の住宅の解体などに伴って発生する廃棄物や、除染で発生した土や廃棄物を保管していた、大量の保管容器の処理などのことで、今後大きな課題になっていくと思われます。

また、中間貯蔵施設の区域内に置かれている、車両などの処理も大きな課題の一つです。

震災当日に避難指示が出され、多くの住民が急な避難を余儀なくされたため、多数の車両が中間貯蔵施設の区域内に放置されています。

必要な所有者の了承を得て、処理を進めていく必要があります。

その他、工場などに置かれた薬品の適正な処理、空調や自動販売機などの冷媒として使用されているフロン類の適正な処理、前回の記事でも説明した、仮設灰処理施設などから発生するスラグや金属類の再生利用も、今後の大きな課題になると思います。

除去土壌の再生利用

前述したように、除染や輸送事業の進捗に伴い、多くの除去土壌等は中間貯蔵施設において処理され、そして処理された土壌が土壌貯蔵施設で貯蔵されたり、廃棄物が他の場所で一時的に保管されたりしています。

輸送対象となる除去土壌等は帰還困難区域を除いて1400万m3とされ、実際に(帰還困難区域も含めて、)輸送された量は2022年12月末時点で1300万m3を越えています(出典:環境省 除染情報サイト)が、土壌貯蔵施設に貯蔵されている除去土壌は、こちらの記事でも解説したように、2045年3月までに福島県外でその最終処分を完了させることになっています。

東京ドーム約11杯分とも見込まれるこの土壌を、そのまま全量最終処分する場所を、福島県外に見つけることは現実的ではないと思われます。

そこで、放射能濃度が比較的低い除去土壌を優先して、公的な機関による管理のもと、本来の用途である土木資材として再生利用しようとする取組が進められています。

詳細については別の記事で解説したいと思います。

中間貯蔵施設について知っておいていただきたいこと

上述したように、中間貯蔵施設の区域内には、まだ、解体が必要な多くの住宅や工場などが残されています。

つまり、ここには、震災以前には、間違いなく、人々が暮らす街や生活があった、ということです。

今でこそ、これまで説明してきたような、受入・分別施設や、土壌貯蔵施設など、多くの施設が立ち並んでいますが、震災以前は当然こうした施設は一切なく、それ以前は、およそ2,700人が暮らす土地でした。

住宅以外にも、特別養護老人ホーム、公園、スポーツ施設、工場など、人々が働いたり、暮らしたりしていた数多くの施設がありました。

また、農業も盛んで、現在、受入・分別施設や土壌貯蔵施設になっている土地には、かつては田んぼだった場所も多くありますし、梨などの果樹が栽培されていた場所もありました。

その他にも、中間貯蔵施設の区域の南端にある熊川では、鮭を取るための漁業なども盛んでした。

中間貯蔵施設があった区域は、数百年前から人が暮らしてきた歴史ある場所で、住民達に土地を残してきた先祖が眠る墓もありますし、人々が集い、祈りを捧げるための寺や、中間貯蔵施設として使われている現在でも、地元の人が大切にしている神社もあり、震災前は数多くの祭が行われていました。

また、区域内には小学校や児童館も残されていて、小学校には約300名の児童が通っていましたが、2011年3月11日以来、その当時の状況のまま、現在でも残されています。

中間貯蔵施設の土地の地権者数はおよそ2,400人(出典:環境省 除染情報サイト)ですが、この方々の多くは、震災当日に地震、津波、原子力発電所の事故という災害に見舞われた上に、さらに、先祖から受け継いだ土地を提供するかどうかの判断を迫られました。

土地も民地で9割以上、全体でも8割以上は国が既に取得していますが、それでも100%ではなく、土地を国に貸している人、依然として判断に迷っている人、そして政策自体に賛成できない人もいますし、また、町有地として引き続き大熊町や双葉町が所有している場所もあります。

いずれにせよ、そういう人々の苦悩や大きな決断の上に成り立っている事業であることを私たちは知っておく必要があると思います。

中間貯蔵施設に貯蔵されている除去土壌等は、2045年3月までに福島県外で最終処分されることになっていますが、その後の跡地の活用方法についてはまだ何も決まっていません。

一部の土地は地権者に返却されることになっていますが、国有地になっている土地も多く、その土地をどのように活用するか、今後議論が必要になってくるでしょう。

いずれにせよ、その土地が大熊町や双葉町にあることは変わりなく、地元の人々にとって喜んでいただけるような場所になればと思いますし、そうなるよう、国全体で取り組んでいく必要があると思います。

まとめ

今回は、中間貯蔵施設に関するご説明の取りまとめとして、まず、除染事業などの進捗状況についてお話しした後、施設の安全な管理、住宅などの解体、廃棄物の処理といった中間貯蔵施設を巡る今後の課題などについて解説しました。

最後に、中間貯蔵施設について知っておいていただきたいことについて解説させていただきました。

中間貯蔵施設の区域は、震災前は約2,700人の人たちが暮らす地域で、そこには他の地域と同様、人々の暮らしがありましたが、地震、それに伴う津波、原子力災害によりそれも一変し、住民の方々は避難を余儀なくされました。

中間貯蔵施設事業は、そうした苦難の上に、さらに、先祖代々から受け継いできた土地を手放した人々の思い決断の上に成り立っているということを常に忘れてはいけないと思います。

いずれ、中間貯蔵施設としての役割と終えた時、その土地をどのように活用するのか、いずれ議論が必要になる時が来ると思います。

ちなみに、以上とほぼ同じ内容を動画にもまとめてみましたので、よろしければご覧ください。

日本語版

英語版

本記事の英語版はこちらからご覧いただけます。

今回は以上となります。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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