こんにちは。放射線などについて分かりやすく解説している大地(だいち)です。
今回から数回に渡って、私が旅する中で実際に体験してきた、放射線を巡る欧州の利用実態についてレポートしたいと思います。
第1回は、オーストリア中部にある街で、歴史ある温泉保養地として知られるバート・ガシュタインについてご紹介したいと思います。
特に、旧坑道を利用したラドン療法が行われているガシュタイナー・ハイルシュトーレンに実際に行った体験談をご報告します。
また関連して、ラドンや、低線量の放射線被ばくによる健康への影響について解説したいと思います。
つまり、今回は、
・ バート・ガシュタインってどんな街なの?
・ バート・ガシュタインでは放射線がどんな風に利用されているの?
・ 低線量被ばくは健康にどのような影響を及ぼすと考えられているの?
こういった疑問に答えます。
○本記事の内容
- (欧州放射線現地レポート)バート・ガシュタインにおける放射線利用
- はじめに
- 旅程とルート
- バート・ガシュタインについて
- 歴史と発展
- 温泉地としての特徴
- 放射線との関わり
- 現在の町の様子
- ガシュタイナー・ハイルシュトーレンについて
- 施設の歴史
- 施設概要
- 利用方法
- 放射線防護上の管理
- ラドンによる低線量被ばくがもたらす健康影響について
- ラドンとは何か
- 期待される効果
- 科学的知見の現状
- 欧州における規制と考え方
- まとめ
この記事を書いている私は、2011年の福島第一原子力発電所の事故の後、除染や中間貯蔵施設の管理など、継続して放射線の分野での業務に従事してきました。
その間、働きながら大学院に通い(いわゆる社会人ドクター)、放射線の分野で博士号を取得しました。
こういった私が、解説していきます。
(欧州放射線現地レポート)バート・ガシュタインにおける放射線利用
まず、旅の基本情報についてお伝えした後、バート・ガシュタインの歴史、私が訪問したガシュタイナー・ハイルシュトーレンという施設の概要や実際の放射線の利用体験、そして最後に低線量の放射線被ばくによる健康への影響について解説していきます。
はじめに
バート・ガシュタインを訪れるのは前回は2021年6月に続き今回が2回目でした。
当時は、バート・ガシュタインにおける放射線の利用実態については何も知らず、オーストリア最高峰のグロース・グロックナーを訪問した帰路に、著名な温泉保養地を観光するために訪れました。
その後、バート・ガシュタインが放射線の利用という観点から世界的にもユニークな街であることを知り、再訪を決めました。
旅程とルート

今回の旅程とルートは以下の通りです。
3月22日(日)

(ウィーン中央駅)
・朝にウィーンを出発。ザルツブルク駅で乗り換え。ザルツブルク駅からは、通常であればバート・ガシュタイン駅まで電車が出ていますが、今回は工事の影響で途中下車。代替バスに乗り換え、バート・ガシュタイン駅へ。
・バート・ガシュタインに到着後、荷物をホテルに預け、バスでバート・ホーフガシュタインに移動。
・アルペンテルメ・ガシュタインに数時間滞在。
・バート・ガシュタインへ戻り、街を散策。
・夕食後フェルゼンテルメ・バートガシュタインに数時間滞在。
・バート・ガシュタイン泊。
3月23日(月)
・朝、ロープウェイでシュトゥブナーコーゲルへ。頂上付近を散策。
・バート・ガシュタインに戻って、また街を散策。
・午後はフェルゼンテルメ・バートガシュタインで休息。
・バート・ガシュタイン泊。
3月24日(火)
・チェックアウト後、バスでガシュタイナー・ハイルシュトーレンへ。
・4、5時間滞在後、バート・ガシュタインに戻り、さらにウィーンへ。
バート・ガシュタインについて
バート・ガシュタインの歴史や放射線の関わりなどについて解説します。
歴史と発展

(バート・ガシュタイン駅)
バート・ガシュタイン(Bad Gastein)は、オーストリア西部ザルツブルク州に位置する温泉保養地です。
アルプス山脈に囲まれたガスタイン渓谷(Gasteinertal)の中心部に位置し、古くから温泉地として知られてきました。
この地域では中世から金や銀の採掘が行われており、鉱山によって大きく発展した歴史を持っています。
その後、温泉の効能が広く知られるようになり、19世紀にはヨーロッパ有数の保養地として発展しました。
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世やドイツ皇帝ヴィルヘルム1世をはじめ、多くの王侯貴族や著名人が訪れたことで知られています。
一部は廃墟化したものもありますが、現在でも町には19世紀後半から20世紀初頭に建設された壮麗なホテルや保養施設が数多く残されており、往時の繁栄を感じることができます。
温泉地としての特徴

(バート・ガシュタインの街並み)
バート・ガシュタインの最大の特徴は、急峻な谷間に形成された独特の景観です。
町の中心部には大きな滝(ガシュタイナー滝)が流れ、その両側の斜面にホテルや住宅が立ち並んでいます。
この地域には豊富な温泉資源が存在し、現在でも温泉浴やウェルネスを目的として多くの観光客が訪れています。
また、冬季にはスキーリゾートとしても人気があり、駅のすぐ近くのシュトゥブナーコーゲルバーン(Stubnerkogelbahn)へのアクセスも便利で、年間を通じて観光客を集めています。

(シュトゥブナーコーゲルバーン(Stubnerkogelbahn))
そして、以下に述べますが、一般的な温泉保養地と異なり、バート・ガシュタインでは温泉だけでなく、鉱山由来のラドンを活用した療養施設が存在することが大きな特徴となっています。
放射線との関わり
現在のバート・ガシュタインは、ラドン療法で知られる保養地でもありますが、その歴史の出発点は放射線利用ではなく、古くから続く温泉文化にあります。
町の中心部には温泉発見伝説を紹介する石碑が設置されていて、多少誤りがあるかもしれませんが、
Aus der Bad Gasteiner Quellensage
„Lasst uns dies Waldwundtier, dass es am Wunderborn gesunde, erzählt, was ihr entdeckt und bringt vom Heilquell allen Kunde.“
と刻まれているように見えます。
古い詩的表現で、厳密な解釈は容易ではありませんが、おおよそ
「森で傷ついた動物が奇跡の泉で癒やされたことを語ろう。あなた方がこの癒やしの泉で何を発見し、何をもたらすのかを広く人々に知らせよう。」
といった意味に理解できます。
石碑のレリーフには人物と動物が描かれており、温泉の発見と治癒効果を伝える伝説を表現したものと考えらます。
このような伝説が今日まで残されていることからも、温泉が地域社会の中で長く特別な存在として認識されてきたことがうかがえます。

(傷ついた森の動物が癒やされたという伝説を伝える石碑)
実際、バート・ガシュタインでは古くから温泉が利用され、19世紀にはヨーロッパを代表する温泉保養地として発展しました。
町の中心部には現在も主要な温泉源の一つであるエリザベート泉(Elisabethquelle)が保存されています。
温泉源公園(Thermalquellpark)の案内板によれば、バート・ガシュタインでは23の温泉源が確認されており、そのうち13が利用されていて、総湧出量は1日当たり約500万リットルに達します。
エリザベート泉は温度約4℃、湧出量約2,500 m³/日を有する主要温泉源であり、現在の保養文化を支える重要な存在となっています。
また、案内板には温泉源ごとのラドン濃度も記載されており、ラドンが温泉資源の重要な特徴の一つとして認識されていることが分かります。

(エリザベート泉(Elisabethquelle))
天然放射性ガスであるラドン(Radon)が発見されたのは1900年で、その後20世紀初頭になると、ガシュタインの温泉水や温泉蒸気、さらには鉱山坑道内の空気にラドンが含まれていることが明らかとなりました。
それまで人々は温泉の効能を主として温熱効果や鉱物成分によるものと考えていましたが、放射線の発見以降はラドンも温泉の特徴の一つとして注目されるようになりました。
このように、バート・ガシュタインにおける放射線利用は、こうした長い温泉文化の上に発展したものです。
その代表例の一つが、エリザベート泉の近くにあるラドン・テルマール・ドゥンストバート(Radon-Thermal-Dunstbad)(ラドン温熱蒸気浴という意味)です。
公式ウェブサイトによれば、この施設では1825年以来、エリザベート泉から発生するラドンを含む温泉蒸気を利用した療法が行われていて、温泉蒸気は現在もシャフトシステムを通じて浴室へ導かれています。

(ラドン・テルマール・ドゥンストバート(Radon-Thermal-Dunstbad))
さらに駅前にはフェルゼンテルメ・バートガシュタイン(Felsentherme Bad Gastein)(Felsenは岩という意味)が立地しています。
フェルゼンテルメ・バートガシュタインは一般観光客も利用できる大規模な温泉・ウェルネス施設で、複数の温泉プールやサウナ、休養スペースを備えています。
この後で説明するガシュタイナー・ハイルシュトーレンやラドン・テルマール・ドゥンストバートが療養色の強い施設であるのに対し、フェルゼンテルメ・バートガシュタインは温泉保養文化をより幅広い利用者に提供する施設です。

(フェルゼンテルメ・バートガシュタイン(Felsentherme Bad Gastein))
バート・ガシュタインから7kmほど離れた隣町のバート・ホーフガシュタインにある類似の温泉施設(アルペンテルメ・ガシュタイン(Alpentherme Gastein))も訪れました。
いずれの施設も、ウェブサイトにはラドンに関する言及はありますが、施設の内部は、療養や治療というよりも、温泉を楽しむための施設という特色を前面に出していました。

(アルペンテルメ・ガシュタイン(Alpentherme Gastein))
興味深いのは、町を歩いていても放射線利用が特別なものとして隔離されている印象を受けないことです。
温泉源、公園、蒸気浴施設、スパ施設が自然に共存しており、ラドン利用もその延長線上に位置付けられています。
そして、その集大成ともいえる施設が、町から約10km離れた場所にある ガシュタイナー・ハイルシュトーレン(Gasteiner Heilstollen)です。
第二次世界大戦後、坑道内の特殊な環境が療養に利用できる可能性が注目され、1952年に療養施設として開設され、現在では世界的に知られるラドン療養施設となっています。
この施設については、後ほどより詳しくご説明します。
現在の町の様子

(シュトゥブナーコーゲルバーン(Stubnerkogelbahn)で登った先の山頂付近の様子)
私が訪問した際、町には多くの観光客や療養客の姿が見られました。
特に高齢者だけでなく、比較的若い世代や家族連れも訪れており、スキーリゾートや保養地として幅広い層に利用されていることがうかがえました。
一方で、町を歩くと、かつての繁栄を物語る大型ホテルの中には利用されていない建物も見られました。
バート・ガシュタインは19世紀から20世紀初頭にかけてヨーロッパ有数の温泉保養地として発展しましたが、第二次世界大戦後の旅行スタイルの変化や海外旅行の普及、長期滞在型療養文化の衰退などの影響を受け、一時は観光客数の減少やホテルの閉鎖が課題となったようです。
しかし近年では、歴史的建築物を活用した再開発やホテルの改修、新たな観光・ウェルネス需要の取り込みが進められていて、実際に町では改修工事中の建物も見られ、伝統的な温泉保養地としての魅力を維持しながら、新たな観光地として再生を図る取組が進められている様子がうかがえました。
ガシュタイナー・ハイルシュトーレンについて
今回の旅のメインの訪問先と言ってよい、ガシュタイナー・ハイルシュトーレンの歴史と施設概要、実際の体験の様子を順に説明していきたいと思います。

(ガシュタイナー・ハイルシュトーレンの外観)
施設の歴史
ガシュタイナー・ハイルシュトーレン(Gasteiner Heilstollen)は、オーストリア・ザルツブルク州のボッケンシュタイン(Böckstein)地区に位置する坑道療養施設であり、バート・ガシュタイン中心部から約10kmの距離にあります。
この坑道はもともと金鉱山開発のために掘削されたものであり、ガシュタイン地方では中世以来、金や銀の採掘が行われていました。
現在のハイルシュトーレンの基礎となったパーゼル坑道(Paselstollen)は1940年から1944年にかけて掘削されましたが、期待された鉱脈は発見されませんでした。
その一方で、坑道内には高温多湿の特殊な環境が存在し、掘削作業に従事していた鉱夫の一部から関節痛やリウマチ性症状の軽減が報告されるようになりました。
その後、医学的調査が進められ、1950年代初頭には坑道内の蒸気中に高濃度のラドンが含まれていることが確認されました。
これを契機として研究と治療利用が進められ、1952年からガシュタイナー・ハイルシュトーレンとして本格的な療養施設の運営が開始されました。
現在では、関節リウマチ、強直性脊椎炎、慢性疼痛などを対象とした療養施設として、オーストリア国内のみならずドイツをはじめとする欧州各国から利用者を集めています。

(研究者と創設者について解説する展示)
施設概要
ガシュタイナー・ハイルシュトーレンは、高温多湿環境とラドン曝露を組み合わせた療法としては世界的にも非常にユニークな施設で、オーストリアでは一般的な病院(Krankenhaus)ではなく、自然治療資源(Heilvorkommen)を利用した外来型療養施設(Kureinrichtung)として位置付けられています。
ガスタイン渓谷は国が認定する療養地(Kurort)であり、ハイルシュトーレンはその中核施設の一つとなっています。
施設は、受付・診察室・待合室・更衣室などを備えた地上施設と、坑道内部の療養区域から構成されています。
初回利用時には医師による診察が行われ、利用者の健康状態や適応症を確認した上で療養プログラムが決定されますが、私のように、予約をすれば一般客が体験利用することも可能です。
本療法はオーストリアの公的医療保険制度において一定の適応症に対する治療法として認められており、条件を満たした場合には保険給付の対象となります。
そのため、利用者の多くは医師の紹介や保険制度を利用して訪れており、観光施設というよりも医療・保養制度の一部として機能しています。
自然起源のラドンを利用する施設でありながら、公的医療保険制度の中に組み込まれた療養施設として運営されている点は、ガシュタイナー・ハイルシュトーレンの大きな特徴の一つといえます。

(待合室の様子)
利用方法
利用者は事前に医師の診察を受け、健康状態の確認を行います。
私は体験用の利用でしたので、インターネットによる事前の登録も必要でした。
まずガシュタイナー・ハイルシュトーレンのウェブサイトから、希望訪問日等を記入し、日程を調整しました。
療養当日は受付後、施設の紹介ビデオを見て、医師の問診を受けた後、入坑前にもう一度参加向けのレクチャーを受けました(レクチャーについてはドイツ語でしたので、完璧には理解できませんでした)。

(問診票と、施設内で身につけるチップ入りのリストバンド)

(利用者が入坑前にレクチャーを受ける部屋。私は別の部屋で初心者向けのレクチャーを受けました。)
その後専用列車に乗車し、約2.5km奥に位置する療養区域へ移動しました。
坑道内には複数の療養ステーション(Liegestationen)が設けられており、利用者はベッドに横たわった状態で一定時間滞在しますが、私は1時間ほどベッドに横になりました。
療養区域は温度や湿度の異なる複数の区画に分かれており、利用者の状態や治療計画に応じて利用場所が選択されるようですが、私は一番温度や湿度が低いStation Iでした。

(専用列車の停車駅(施設のパンフレットより)。Station IからStation IVまで、5つの停車駅があって、奥に行くほど、温度も湿度も高くなる傾向にあります。)

(坑道内での利用者の様子(施設のパンフレットより)。実際には坑道内はほぼ真っ暗で、高温多湿の中、私も1時間ほど横になりました。)
ちなみに、坑内環境の主な特徴は次のとおりです。
温度:約37~41℃
湿度:約70~100%
ラドン濃度:約40,000~160,000 Bq/m³
これらの環境条件は坑道内で自然に形成されたものであり、人工的に加温した施設ではありません。
利用後は休憩施設で一定時間安静に過ごすことが推奨されており、私もしばらく休憩してから施設を後にしました。
施設全体として医療的管理と保養的要素を兼ね備えた構成となっています。
ちなみに、私は1回のみの体験利用でしたが、一般的な療養プログラムでは数回から十数回程度の入坑が推奨されており、複数回の利用によって効果の持続が期待されるとされています。
放射線防護上の管理
ガシュタイナー・ハイルシュトーレンでは、自然由来のラドンを利用した療養が行われていることから、医療施設として必要な安全管理が実施されています。
利用者については、事前に医師による診察が行われ、症状や既往歴等を踏まえて療養への適応が判断されます。
また、治療回数や利用間隔についても医師の指示の下で管理されています。
これらは主として治療効果と安全性の確保を目的としたものと考えられますが、結果としてラドン被ばく量の管理にもつながっていると考えられます。
また、妊娠中の者や一部の疾患を有する者については利用が制限されています。
私が施設を利用した際には、個人線量計が配布されることはありませんでした。
そのため、利用者ごとの被ばく線量がどのように評価・管理されているかについては確認できませんでしたが、少なくとも利用回数や滞在時間については施設側による管理が行われているようでした。
なお、私が事前診察を担当した医師に被ばく線量について質問したところ、「レントゲン検査を受ける程度の線量である」との説明を受けました。
詳細な線量評価方法については確認できませんでしたが、少なくとも施設側は被ばくによるリスクが限定的であるとの認識の下で療養を実施していることがうかがえました。
一方、職員については職業被ばく管理が行われており、坑内での作業時間管理や個人被ばく評価が実施されています。
利用者と比較して長時間にわたり坑内環境に滞在する可能性があることから、職員に対する放射線防護は特に重要であると考えられます。
ラドンは療養環境を構成する自然要因の一つとして受け入れられている一方で、医師による適応判断や利用管理、職員の被ばく管理などの体制は整備されており、放射線利用と放射線防護の両立が図られていることがうかがえました。
ラドンによる低線量被ばくがもたらす健康影響について
ここで、科学的視点から見た、特にラドンによる低線量被ばくが健康影響について解説してみたいと思います。
ラドンとは何か

ラドン(Radon)は、ウラン系列に属する放射性希ガスであり、天然に存在する放射性物質の一つです。
無色・無臭の気体で、地中や岩石中に含まれるラジウムの壊変によって生成されます。
ラドンは1900年にドイツの物理学者フリードリヒ・エルンスト・ドルン(Friedrich Ernst Dorn)によって発見されました。
ドルンはラジウムから放出される未知の放射性気体を観測し、当初は「ラジウム・エマネーション(Radium Emanation)」と呼ばれていました。
その後、この気体が独立した元素であることが明らかとなり、現在の「ラドン(Radon)」という名称が定着しました。
ラドンそのものは化学的に不活性ですが、壊変の過程で生じる放射性微粒子(ラドン娘核種)が呼吸によって体内に取り込まれることで、肺に放射線を与えることが知られています。
このため、ラドンは世界的に自然放射線による被ばくの主要な要因の一つとされています(詳細についてはこちらの記事もご覧ください。)。
期待される効果
バート・ガシュタインのガシュタイナー・ハイルシュトーレンでは、高温多湿環境とラドン曝露を組み合わせた療養が行われています。
施設側によれば、関節リウマチ、強直性脊椎炎、慢性疼痛、変形性関節症などの症状緩和が期待されており、多くの利用者が疼痛の軽減や生活の質の向上を目的として訪れています。
ラドン療法による効果としては、炎症反応の抑制や免疫系への作用などが提唱されています。
また、高温多湿環境による血行促進や筋緊張の緩和も療養効果に寄与していると考えられています。
ただし、利用者が感じる効果には個人差があり、ラドンそのものの作用と温熱効果などを完全に分離して評価することは容易ではありません。
科学的知見の現状
ラドン療法による効果については先ほど説明したとおりですが、その有効性や作用機序についてはオーストリアやドイツなどで長年研究が行われています。
ただし、放射線防護の分野では、低線量放射線によるリスクは被ばく線量に比例して増加すると仮定する「しきい値なし直線モデル(LNTモデル)」が国際的な防護体系の基礎となっていて、また、ラドンは高濃度環境への長期間曝露によって肺がんリスクを増加させることが知られており、WHOやICRPは住宅や職場におけるラドン濃度の低減を推奨しています。
このため、ラドン療法については期待される効果と潜在的なリスクの双方を考慮しながら評価する必要があります。
欧州における規制と考え方
ラドンは肺がんリスクとの関連が知られており、欧州連合(EU)の基本安全基準(Basic Safety Standards:BSS)指令においても、住宅や職場におけるラドン濃度の低減が求められています。
実際、欧州各国ではラドン対策が放射線防護上の重要な課題の一つとして位置付けられています。
一方で、オーストリア、ドイツ、チェコなど一部の中欧諸国では、ラドンを利用した療養施設が医療・保養制度の中に組み込まれていて、先ほども説明したように、公的医療保険の対象となることもあります。
ガシュタイナー・ハイルシュトーレンもその一例であり、医師による適応判断の下で運営される療養施設として位置付けられています。
少なくとも中欧地域では長年の利用実績と臨床経験を背景として一定の社会的受容が形成されており、ガシュタイナー・ハイルシュトーレンは放射線利用と放射線防護の両立を考える上で興味深い事例と言えると思います。
まとめ
3日間に渡るバート・ガシュタインへの旅で見たこと、感じたことを纏めてみましたがいかがだったでしょうか。
実際に現地を訪れて感じたのは、バート・ガシュタインにおける放射線利用は単独の施設から始まったものではなく、数百年にわたる温泉文化の上に、20世紀以降の放射線利用が積み重なった結果であるということです。
町の中に点在する温泉源、スパ、ラドンを利用した療養施設などは、その歴史的な連続性を現在に伝えています。
街中では「ラドン」や「放射線」を強く強調するような雰囲気はあまり感じられず、ラドンよりは温泉、ウェルネス、サウナ、リラクゼーションといった要素が前面に出されており、放射線利用は地域の温泉文化の一部として位置付けられているように感じられました。
ガシュタイナー・ハイルシュトーレンではラドンを利用した療養が行われていますが、施設内に過度な緊張感はなく、利用者もごく自然に療養を受けていました。
もちろん、ラドン療法の有効性や低線量放射線の健康影響については現在も研究が続いています。
LNTモデルも考慮すると、低線量の放射線が健康に良い影響を及ぼす可能性があるとしても、その量はわずかなのかもしれません。
しかし今回の訪問を通じて感じたのは、放射線を無条件に受け入れることでも無条件に避けることでもなく、その利益とリスクを適切に評価した上で利用することの重要性と、温泉・保養文化を通じ、長い年月をかけて培ってきた、放射線が社会に受け入れられていくプロセスです。
日本にもラドンやラジウムを含む温泉が数多く存在しており、自然放射線を含む温泉を利用する文化は古くから存在しています。
そう考えると、放射線を日常生活の中で受け入れる素地そのものは、日本にも決してないわけではないように思えます。
バート・ガシュタインの事例は、日本にそのまま適用できるものではありませんが、放射線と社会の関係を考える上で、多くの示唆を与えてくれる事例であると感じました。
本記事の英語版はこちらからご覧いただけます。
今回は以上となります。
ご覧いただき、ありがとうございました。

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